関係することの中心について

男は「自分だけの君であって欲しい」

女は「色んな人としたほうが気持ちいいじゃん」とケロリと応える。

今風の表現を借りるなら、ビッチの女子高生と普通の男子高校生との恋愛を描いた漫画だ。
とはいえ、急いで注釈を加えるのなら、外形的にはビッチであるが、女子高生=ヨーコは自覚的なビッチというよりはコミュニケーションの中心を欠いた存在で、男子高校生=山下君はコミュニケーションの中心が自分でしかない ― という、いかにも凡庸な日常のすれ違いのようにも読める。

ではなぜビッチのヨーコが必要だったのか。

山下君は後に処女の年下の椿ちゃんという女の子と付き合うことになる。

椿ちゃんとの初めての「関係」の時、椿ちゃんは「山下君は初めてじゃないのか…」と小さく思う。

椿ちゃんはヨーコの存在を知っているが、彼女が「関係している」のは山下君。
ヨーコは椿ちゃんの存在に気付くが、彼女は誰とでも「関係する」
山下君は「関係すること」の中心に気付くことになるが、それはまた後の話。

全3巻。


See Also

愛は成立するがゆえに恋愛は不可能という社会学的論考。

なんとなくこの映画を思い出した。
タイトルはアレですが、恋愛のありえそうもなさが身につまされる映画。

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